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皆さんが現在知っているイタリアという国は20世紀後半にようやく統一されました。
それまでは小さな国々に分かれていました。
そのために、イタリアは『100の首都のある国』と言われています。
そして、スポレートはその100の首都の一つに数えられるでしょう。
スポレートはイタリア半島の中心に位置するウンブリア州にあり、アッシジ-ペルージャを結ぶ豊かな谷を望む丘の上に位置しています。
スポレートの位置する丘陵地帯には先史時代から人が住んでいたようです。
紀元前8世紀ごろにはウンブリ族が、人の住んでいた最初の痕跡を残しています。
その後、紀元前3世紀ごろにはローマの影響下に入り、紀元前241年には植民市の『Spoletium(スポレティウム)』を建設しています。
紀元前217年、トラジメーノの戦い(ローマ対フェニキアのポエニ戦争)の後、Spoletium(スポレート)はハンニバル軍を押し返すことに成功しました。
スポレートには、ハンニバル軍がスポレートにやってきたときに「オイルの塔(現在もあります)」から高温のオイル(オリーブオイル)をハンニバル軍に落とし、追い返したという伝説が今でも伝えられています。
スポレートは、その後、ローマの忠実な同盟軍となりました。
紀元前90年、スポレートは自治都市となりました。
ローマ時代のスポレートの名残は、現在もローマ劇場(右上の写真)、劇場、ドルソのアーチ、古いアクロポリの城壁などに見ることが出来ます。
中世初期には、地理的位置も関係して、ローマについで中部イタリアで二番目に重要な町となりました。
579年、ロンゴバルド族のファロアルドI世公がイタリア中部のロンゴバルド公国の首都としてスポレートを選び、5〜8世紀までその地位にありました。
774年、スポレートはフランク族の勢力下に入りました。
カロリング王朝の終わりとともに、2人のスポレート公、グイードVとその子ランベルトはローマ法王により神聖ローマ帝国皇帝に戴冠しました(890年と892年)。
そのため、スポレートは10年近くイタリア王国の首都となりました。

紀元後1000年以降、スポレートは自治都市となりましたが、徐々に教皇会領の影響が及んできました。
自治都市内部の教皇派と皇帝派の争いは、1155年フリードリヒT世(赤髭王)に包囲された際に初めて和解に至りました。
そして、1240年、スポレートは教皇領に組み込まれました。
それ以降、町は次第に大きくなり、1296年には新しい城壁を建設する必要性が生まれました。
このとき建設された城壁は現在も見ることが出来ます。
大聖堂(11世紀から建築されました)・塔の橋(左の写真)・聖ピエトロ教会(右上の写真)を代表とする多くのロマネスク建築のように、芸術的、建築学的に重要なモニュメントが作られました。
教皇のアヴィニヨンの捕囚の間、枢機卿のエジディオ・アルボルノスは1359-50年にかけ、教皇庁の統治者や、1499年にはルクレツィア・ボルジアが住むことになるアルボルズィアーナ城塞(右の写真)を建設させました。
ルネサンス時代、スポレートは教会の統治下、ウンブリアの中心都市ではありましたが、あまり活発な次代ではありませんでした。
この時代の芸術はあまり残されていないとはいえ、唯一、しかし、この作品のためにスポレートを有名にしているものは大聖堂のフィリッポ・リッピのフレスコ画(左の写真)といえるかもしれません。
1466年-1469年までフィリッポ・リッピはこのフレスコ画の制作に携わっていましたが、製作途中、足場から転落し、この地で亡くなっています。
大聖堂内部にはフィリッポ・リッピの墓も残されています。
19世紀初頭のナポレオンの支配下ではトラジメーノ州(現在のウンブリア州よりもやや大きい州)の首都となり、その後は再び教会領に戻りました。
イタリア統一運動の際、スポレートは教皇側についていました。
そのため、1861年教会領の終焉とイタリア王国の誕生とともに、イタリア統一運動では活発であったペルージアがウンブリアの州都と選ばれ、スポレートは政治的・経済的に重要度が徐々に薄れてゆくこととなりました。

現在、スポレートは重要な建築物や芸術があるという以外にも、1957年ジャンカルロ・メノッティによって始められた文化的イベント『Il
Festival dei Due Mondi(2つの世界のフェスティバル)』によって国際的に名前が知られるようになっています。
このフェスティバルは6月末から7月の初めに毎年開催されています。
期間中、世界中からアーティストが集まり、バレー・コンサート・オペラ・演劇・彫刻や絵画の展覧会が催され、それを見物に世界中から人々が集まって来ます。
これ以外にも多くの催しが年間を通して行われていますが(詳細は四季のページを参照)、こうした活動は現在のスポレートの文化に対する活発さと重要度を示すものかもしれません。
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